お笑い怪獣といえばこの人ジャジャン!!
・・・
明石家さんまさんで~す。
還暦を迎えた今もTVにプライベートにハッスルしまくりのさんまさんについて見ていきましょう。
生い立ちがすごすぎる!?
和歌山県で生まれ、奈良県で育った明石家さんまは、3歳のときに実の母親を病気で亡くしてしまいました。顔も覚えていない母親を亡くし、父や周囲の大人たちの助けを借りながら、すくすく育っていたのですが、明石家さんまが小学校の高学年になった頃、父親が再婚をしました。再婚相手の継母には、連れ子がいたそうです。さんまよりも年下の男の子だったので、弟が出来たことになります。この弟は、小さな頃からさんまになつき、2人は血の繋がった兄弟のように育ったといいます。母親を早くに亡くし、一人っ子で育った明石家さんまにとって、父の再婚によって出会った弟の存在は、とてもうれしいものでもあったようです。母親となった継母に対しては、反発をしながらも遠慮もあったようですが、継母が、あの当時は良い継母か、あまり良くない継母がいて、その後者であった継母が、明石家さんまを完全無視して、その場にさんまがいないかのように弟に話しかけてばかりいるため、必死になって仲良くしてもらおう、反応してもらおうと、面白いことを考えて毎日を過ごすうちに、学校でもそのようなノリで暮らすようになり、結果芸人になったという話もあります。弟とは当時唯一の娯楽だったラジオ番組を2段ベットで聞きながら、仲良く一緒に暮らしていたといいます。その当時人気だった娯楽ラジオは「三枝(文枝)のラジオ、ヤングダウン」だったそうですが、それを2人で聞いていたら、継母が隣の部屋で酒を飲みながら、「うちの子はこの子(弟)だけや」というのが聞こえてきたそうです。それを聞いて、弟と2人で、2段ベッドでよく泣いたと話しています。]その後、芸能界に入り、活躍を始めた頃の明石家さんまに、悲報が届く日がやってきました。なんと、とても仲が良く、いつも明石家さんまをしたい、褒めてくれていたあの可愛い当時はまだ高校生だった弟が、火事が原因の事故で亡くなったというのです。その時、芸能界を辞めようと思ったほどショックを受けています。しかし、それを同じお笑い芸人のオール巨人が助けたそうです。舞台の上で、オール巨人が明石家さんまにこうツッコミを入れたのです。「お前んち、兄弟焼いたらしいな?」・・・普通一般的な観念を持っていれば、このツッコミはかなり厳しいものです。しかし、2人には強い信頼関係と、お互いお笑い芸人であるという自負のようなものがあったのかどうかは分かりませんが、このとき、この話題に対して、明石家さんまは見事にプロとしてきっちりと切り返しの言葉を返しています。「そや、木材がきれたから焼いたんや」これがきっかけとなり、芸人を辞めずに済んだとオール巨人にお礼を言い、明石家さんまは自身の生い立ちに負けることなく、お笑い芸人の道を突き進んでいったのです。当時、弟の死に対して、さんまが語った言葉を見ていきます。「僕のことを昔からすごく尊敬してくれるやつでね。僕の言うことは全部正しいと思っていたみたいですよ。自分にも、それから他人にも素直に自分をさらけだせるやつでしたね。(中略・・・)まだ納得できません、あのチビが死んだなんて」サッカーをやっていたという亡くなった弟とは、一緒にワールドカップを見にいくという約束をしていたそうです。切符は明石家さんまが買っておくからと約束をして・・・その約束は、宙に浮いたまま、明石家さんまの心の奥底に眠ってしまったのでしょう。
幼少期からの経験が現在の家族に対する態度をつくっている!?
1988年9月に、ドラマ「男女7人夏物語」で共演した女優、大竹しのぶと結婚。妻となった大竹しのぶには、死別してしまった前夫との間に息子が1人居たため、結婚=連れ子がいるという、自分が小学生の時に経験した状態を、大人側の立場として経験するという貴重な体験をすることになったのです。明石家さんまは自分の生い立ちから、この連れ子であるニチカをとても可愛がったそうです。2人の間には、1989年9月に長女「IMARU」が誕生していますが、家に戻ると、この実子よりもニチカに真っ先に触りスキンシップをしていたようです。自分のことはお父さんではなく「ボス」と2人に呼ばせていたのも、2人を分け隔てることないように育てるための、明石家さんまの配慮であったと言われています。
血のつながった兄がいる?
明石家さんまさんにはお兄さんがいて、名前は杉本正樹さん。
スポンサーリンクお兄さんの職業は、お父さんが始めた「カラオケバーさんま」を継いで、経営しています。
お兄さんは、2016年で65歳になりますが、現在3人目のお嫁さんがいて、年齢は34歳(!)
さんまさんの女性好きは、杉本家の血筋なのですね(#^.^#)
さんまさんは競馬好きでも有名ですが、これまたお兄さんも大好きで、キャリアはお兄さんの方が上なのだとか。
2010年末に放送された「さんま・清の夢競馬」では、菊花賞の観客に、偶然お兄さんが写り込んだというアクシデントが紹介されました。
やっぱり、キャラが濃いですねーww
顔も似ていますww
自宅住所はどこ?
お笑いGODともなれば、えげつないレベルの自宅に住んでいるんだろうということは、容易に想像できますよね。
「痛快!明石家電視台」で還暦wお迎えた明石家さんまが、ビルを一棟買いし、そこに住んでいることを明かしています。
ビルは4階建てで、さんまは3階と4階を使用。
それぞれ1LDKで、リビング(20帖ほど)、寝室という造りの部屋。3階部分は、「1970年代のロサンゼルスのアイスクリーム屋さん」をイメージ。4階は、「ビリージョエルの『ニューヨーク52番街』のポスター(ジャケット)」をイメージし、アメリカからわざわざ赤茶げたレトロ感たっぷりのレンガを輸入してリフォームしたという。
さすが、年収10億円ある方の家ですね。壮観です。
その自宅の住所は千代田区平河町といわれています。
地価ランキングは全国6位とまぁすごい所。
真の意味での富裕層しか住めない地区。
完璧に特定されてしまっています。
芸能人にプライベートなんて無いですよね。
ちなみに、1階部分は駐車場で、2階は「オフィス個人事務所」を設立してそこで仕事のギャラや税金の管理をしているそうです。
玄関右にはディズニーアニメにいそうなオオカミのようなキャラクター。
これは、1950年代のワーナーアニメ・ルーニー・テューンズの「ロード・ランナー&ワイリー・コヨーテ」のワイリー・コヨーテの像です。
さんまは、このワイリー・コヨーテをこよなく愛していて、車にもこのワイリー・コヨーテを施すほど。
また、ここが本当にさんまさんの家であると確信できるのはセク〇シー女優の優希まことさんが週刊誌に撮られた写真とこの自宅の絵がバッチリ合っているからです。
確かに、言い訳できないレベルww
ちまにに、「自宅は南麻布?」といわれているのは、以前住んでいたとこで住所は南麻布5−2−35−302に住んでいたようです。
下画像の自宅は1992年に大竹しのぶさんと離婚するまで住んでいた家なんだそう。
たいがいでかいですねww